真夜中の猫

アーニャ
アーニャ
 
とっびきりの甘い声でニヤンタが鳴く。
 
ニヤン語で「ママ。ママ」と呼んでいる。
ようするに、「僕はここだよ。ママはどこ?」ってわけ。
 
ハーイ
ハーイ
 
猫守が返事をするとドッドッと、重量感たっぷりの歩み(虎みたい)ぷりで現れる。すりすりして、遊んで遊んで。もしくは、かつお節のおねだり。
 
深夜になると様子ががらりと一変する。
家族がそれぞれベッドにもぐりこむと、それまで居眠りしていたニヤンタががばっと身を起こす。右上がりの「つ」の字型に伸びをして、それからおもむろに家の中を巡回してまわる。
 
まかせておいて。僕がちゃんと見張ってるから。
 
まかせておけないのだ、これが。
だって三年前の二月、就寝中に泥棒に入られたのだ。
なんでこんなに寒いのだろう、あまりの寒さに目をさまし「冷え込んでるわ」と階下のトイレに行くと、トイレのドアが全開。その向こうの窓からサッシのガラス戸がかき消え、隣の建物の壁が見える。
? ? ?
もしかして……もしかして、これは、これは……ガタガタと震えていっぺんに目が覚めた。
玄関の戸が開いている。
ドアに靴を片方挟んであったから、ドアが細目にあいていた。門扉も開放のまま。その隙間からニヤンタが往来と家の間を忙しそうに行き来している。まだ六カ月の子猫がよくもまあ、車にはねられなかったことだ。あわててニヤンタを家の中に連れ戻す。髭の付け根を神経質そうにふるわすだけで、
不思議ネコのニヤンタは何も話してくれない。
部屋が荒らされていたのは言うまでもない。数ヵ月後、泥棒はつかまったが、盗まれた物は戻ってこなかった。
わがS市で百数十件の侵入盗を働いたとか。
 
このようなわけで、猫のパトロールが功を奏したことはない。
にもかかわらず、夜な夜なパトロールに精を出している。
真夜中、家人が寝静まると、猫は王さまになり猫の王国を巡回するのだ。昼間は叱られて禁止されていることも、夜になれば王様ゆえに許される。(したい放題ってわけ)
トロールは一晩中でもないらしい。
寝返りをうとうとすると重くて動けない。はっと目をあけると掛け布団の上でニヤンタが眠っている。
羽毛の掛け布団のふわふわ感がたまりませんわ、だ。家族の掛け布団の上をまんべんなく巡回しているのだ、不公平なことをしたら申し訳ないと思っているらしい。
 
朝、玄関マットはだらしなくたたきに落ちているわ、ケージは斜めに動いている。ニヤンタがひとり遊びをしたらしい。
ガラストップのガスコンロの上を見ると、昨夜ピカピカに拭いておいたはずなのに、砂がこぼれていた。
ヤダー。
ニヤンタが猫トイレを使ったあとにコンロの上に登ったのだよ、きっと。
猫の毛がコンロのふちに付いていた。
 
真夜中の猫は油断ならない。
三日前に買い換えたビルトイン式コンロはスイッチをひねるんしゃなくて、スイッチを押し下げると点火する。
スイッチは手を伸ばせば猫でも手が届くから、使わないときはロックして置くことにした。
火だるまのニヤンタなんて、想像するのもいやだし、猫が火事のもとなんて悲惨だ。
とにかく真夜中の猫は油断ならない。
朝日が昇るとアニャーなんて砂糖菓子みたいな声とアーモンドみたいな目を見開いて、僕はいい子、いい子でしょとおでこをコンコンとくっつけてくる。魔法がとけたみたいにしとやかに。