野良の昇天

                  野良の昇天
 
 まだ肌寒い三月の夕暮れ、バイトからもどってきた私はご近所さんとぱったり顔をあわせた。
「野良猫が車にひかれよって、あんたとこの家の横まで歩いて行って死んだわ」
「えっ。どこ?」
「そこや」
 私の足元を指差す。
「あんたが見たら震えよるからな、ちゃんと木の箱に入れてうちの車の側に置いたで。明日、役所が回収にきてくれるねん」
「ありがとう」
「うちの陳列棚の下に住んでた虎猫や」
 ご近所さんは大工さんでそのほかに二つの職業をお持ちだ。それで棺がわりに木の箱をこしらえてやったらしい。
 棚の下には五匹ほど野良が住み着いていて、ゴミ袋を漁っていた。どこも行くところがないからと、大工さんは見て見ぬふりをしていた。その虎猫は大きな黒猫とよく、うちの家の裏で日向ぼっこをしていた。どうしてまた、うちの家に逃げようと思ったのかわからない。
 帰宅するとニャンタが飛んできた。にゃーにゃー鳴いて離れない。だっこすると目を閉じてじっとしている。ははぁ、虎猫の断末魔の叫びを聞いたらしい。そりゃ怖かったでしょうよ。いやにべたべた甘える。
 翌朝、道路にしみついた血を洗い流していると、あの大工さんがいう。
「黒猫も死んどった。車に乗ろうしたら何か柔らかいものをぐにゅつと踏んでしもて、なんやと見たら黒猫や。いっしょにひかれて車の側で死んだのやな」
「人間でもひき逃げされる世の中やものねぇ」
 野良の運命を思った。
 
 その日のお昼、おもてにでると野良猫五匹、二匹は成猫で三匹は子猫だけど、それが一列に連なってそろそろと大工さんの棚の方から出てきて、十メートル先の塀のなかに消えた。めだかの学校ならぬ猫の学校みたい。あの猫たちも恐怖に怯えたらしい。
 うちのニヤンタはあれ以来、すごい甘えん坊になった。
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 こっち、振り向いてよ~っ。遊ぼよっ。