子ツバメ、生きろ!

                子ツバメ、生きろ!
 
 
 今年の五月は暑かったり寒かったりで、だらーっとふやけた体が時ならぬ寒さにきゆっと縮んでしまいそうだった。五月の下旬のその日も寒かった。帰宅した私は玄関ポーチ、あまりにもちゃちで、ポーチと呼ぶには気恥ずかしいが、そのタイルの上に、握り拳の半分にも満たない黒いゴミがおちていた。
 ぬっと顔を近づけるとゴミがぷるっと身震いした。
 あっ、ゴミじゃない……子ツバメだ、喉が赤い。
 
 半径20メートル以内にツバメの巣が三つある。届けようにもどの巣がわからない。
 ご近所さんに聞いてみると、昨日から子ツバメが親ツバメと一緒に飛んでいたと言う。そこから15メートル離れた我が家に来たわけだ。迷子のツバメをどこへ届けたものやら……人間の臭いがつくと親ツバメは警戒して近づかないと聞く。
 困った。どうすればいいのだろう、きっとここで息絶えて死ぬ運命なのだ。冷たい小雨まで降ってきた。
 ここらは野良猫が五、六匹はうろついている。烏だって群がってドジな子猫を追い回している、残酷だけどどうしようもない。
 
 リビングに座っていても何だか落ち着かない。それで玄関に出てみた。あれっ、いない。どこかへ行ってしまった。ほっ。亡骸を見るのは嫌だもの。
 ああ、冷たい雨。本降りになるのかしら?何気なくリビングの窓から外をみた。あっ。ボロ布みたいなあの子ツバメが道路の端っこでうずくまっている。
 古いカレンダーを持って表に出た。カレンダーで子ツバメをすくい上げた。軽い、重さなんて感じない。すくい上げられた子ツバメは口を開けた。がま口みたいに菱形の口がぱかっと開く。大きな口だ、お腹が空いているのだ。木の根本にカレンダーごと子ツバメおいた。木の根もとを覆うツタの茂みは虫だらけ。ミミズやダンゴムシ、ナメクジ、木から落ちたドジなアゲハチョウの幼虫がいる。それに雨露もしのげる。
 
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 子ツバメ、生きろ! 生きろ!
 私の心を知ってか知らずか、ツタの茂みを揺すって子ツバメは葉っぱの下に姿を消した。
 次の日、こわごわ熊手で茂みをかき分けた。子ツバメの姿はなかった。
 
 それから一週間後かしら? ツバメの鳴き声がした。窓の向こうの茂みで独特の長い尻尾が揺れている。あ、ツバメ! そこは青虫が多い、ツバメは青虫をついばんでいるらしい。
 それから、夕方にはなるとツバメの鳴き声がして葉の茂みが揺れることが四、五回続いた。
 ツタの茂みや木の周りで綿毛のような羽毛や長さ二センチほどの黒っぽい羽根が落ちていたりすめる。しかも壁や雨戸、葉っぱに鳥の糞がついている。
 生き延たのだな、あの子ツバメ。そう思うのは思いすぎかしら。
 向こうの方の田圃三枚に水が漲った。ツバメたちはその上空で群舞している。あのツバメもそちらへ行ったのか、こちらには姿を見せない。時々、鳥の綿毛が葉っぱについているだけ。