猫ちゃんのドヤ顔
猫ちゃんのドヤ顔
このドヤ顔には残念ながら写真がありません。猫と接触するなかで、「あれっ、ドヤ顔だ」と感じるよりほかないのです。
はじめてドヤ顔というか秘密を共有した顔を見たのは早朝でした。近所の野良猫三匹が、そろって十字路の向こうからしゃなりしゃなりとやってきた。どれもこれも「だれにも言ったらだめよ、とってもいいことあったのだから」とでも言うように、得意満面のドヤ顔でわが家の斜め向かいのお家に消えていった。
ぴんと来た。煮魚にありついたのだ。猫たちが来た十字路の先は行き止まりで、そのあたりに犬を飼っているIさんの家がある。
「あたしねぇ、毎日、お魚の骨を家の前に置いとくの。わざと食べ残しの身をようさんつけたままで」
Iさんは秘密を打ち明けるようにひそひそ声でそう言って私の顔色を伺う。ご近所では一時、野良猫の横暴に悩まされた。だから、野良猫に餌をやるなんてもっての外だ。
そこで、私も小声で秘密を打ち明けた。
「内緒よ。防災用にうちの猫の餌を買い置きしているけど、うちの猫だけ満腹しても飢えて死んでいく野良猫を見るの辛いわ。野良用に安物のキャットフード買い置きしてるの」
Iさんは子供みたいに声を立てて笑った。
いつも、野良さんたちはドヤ顔でIさんの家の方から戻ってくる。その顔を見たら、思わず笑ってしまう。
うちのニャンタもドヤ顔をする。
防災用にサンマだとか鯖などの缶詰をストックしてある。定期的にそれを処分――つまり、食するわけです、私が。家族は魚嫌いなので、ね。
お昼に鯖の缶詰をあけるでしょ。二階でのびているニャンタが、呼びもしないのにトコトコと姿をみせるのだ。いつも、本当によいタイミングで現れる。
お汁だけ大さじ一杯分ほどを器にいれてやる。美味しそうに舐めている。身はほぐしてやっても食べない、あの煮汁がお気に入りらしい。賞味したあと、ニャンタときたら「僕とママの秘密のグルメだねぇ」と、したり顔で親しげにすり寄る。そのときの顔ったら、もう、笑っちゃいそう。
家族は決して鯖の缶詰など食べない。だから、ニャンタは秘密のご馳走を振る舞われたと思いこんでいるふしがある。自分だけが特別の扱いを受けた喜びに、ドヤーっ、僕はママに一番愛されてるんや。家族には内緒でこの上ないご馳走を食べた喜びと、その秘密を共有する喜びでドヤ顔を連発している。でも、これは猫をよく観察しないとわからないと思う。