猫の仁義

                猫の仁義
 
 アル君は知人の家の猫。段ボール箱に入れられて公園に捨てられていた捨て猫だ。縁あって知人の家のペットになった。子猫の時に我が家に遊びにきたことがある。子猫のときの写真しかありません。
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今は大きく育って十キロを超えてしまった。
 ハムやチーズなんかぺろっと食べちゃう。好物だから、巨体にもかかわらず可愛く鳴いてねだるのだそうだ。人間でも体に悪いからと止められても好物はやめられません、こっそり食べてしまうでしょ。
 そんなわけでこの間、尿路結石になって生死の境をさまよった。手術の結果が良くて
今では元気そのもの。網戸を開けて脱走は日常茶飯事らしい。ドアも器用に開けてしまう。

 ご近所の人には愛嬌を振りまいて、あっちこっちでちやほやされて「元気になってよかったね」と撫で撫でしてもらい、「にゃーにゃー」とよろしくやっている。「大事に大事にされてるのね」「にゃー。にゃー」と、言う具合に。
 知人曰く、「あんなものすごい悲鳴あげられたら嫌でも医者に連れて行くわよ。物入りだったけど」とのこと。

 アル君、大病から癒えるとあっちこっち出没する。
「あら、空き家の庭に野良猫ばっかり集まって、ほら、猫の集会らしいね。アルちゃん、そこにいたよ。おっきいからすぐわかるわ」
 ご近所さんの報告に、知人が行ってみるとなるほどアル君がいた。目が会うとアルは、「知らん、知らん。僕は野良だ。あんたなんか知らん」と知らんぷりを決め込んだ。「ああ、あほらし」と、知人は引き上げてきたそうだ。アルは黒い野良猫夫婦がお気に入りだそうな。

 ところが、である。
 別の場所で飼い猫たちの「猫の集会」が開かれている。アルは律儀にもそこへも顔見せしている。ひときわ大きな猫がいるので「えっ」と、よくよく見ればアル君だ。
知人の呼び声にアルは振り向く。目と目が合った。アルは知らんという風にそっぽを向いた。
 その背中が、「猫の仁義でござんす。黙って見逃してください、おっかさん」と、言っているみたいで呆れるやら、おかしいやらなんとも形容しがたい複雑な気持ちだった。夜は知人の布団の上で大の字になって寝るそうです。決して猫ちゃんハウスや猫用ベッドでは寝ない。
 僕は猫じゃない、人間だから人間の布団でねるのだと主張しているのかしら。昼間、外であっても顔を背けたまま知らんぷりするのは猫の仁義、家では飼い主さんに忠義立てするのは飼い猫の仁義とおもっているのかしら?

 アルの真意がわからないと知人はぼやいています。
 
 余談ですが、うちの猫は悪いことをするときはかくれてします。いつもはべたっと私にくっついていますが、「お仕事、お留守番してね」と言うと、必ず猫のえさ入れの前に座り込みます。餌が入っていても、そこへたっぷりと足しておいてやります。