踏切の怪とサダコ

                      踏切の怪

 とある私鉄の無人踏切を通るとき、「ああ、危ないな」と思う。少し遠回りをすると大きな車も通れるちゃんとした踏切があるが、面倒な迂回はまっぴらごめん。だから自転車どうしがすれ違うには、どちらかが降りて自転車をひいて歩かねばならない狭い踏切に人が殺到する。通勤の時間帯などは、踏切を渡りだすとすぐに警報が鳴って遮断機が下りる。せわしないことこのうえもない細い踏切だ。
 そんな踏切も夜になるとひっそりとして人通りも皆無となる。
 忘れもしない、八月八日。
 友人の墓参で鎌倉まで行き、鎌倉の空気を吸って鎌倉の駅前で遅い昼食をすませて帰路に着く。自宅近くの駅に着いたのは夜の九時をすぎていた。
 人通りが途絶えたくだんの踏切を自転車で通ったが、真ん中を走ろうとするのになぜか右へ右へと自転車が吸い寄せられたようにひっぱられていく。???えっ、どういうこと。私、脳梗塞……、その瞬間、自転車もろとも線路に転落したのだ。起きあがろうとしたが、体の上に二十何キロもある電動自転車がのしかかっている。うーんと力をいれたら脛にバラスが突き刺さる。もがけばもがくほど脛に石が食い込んで痛くて動けない。
 「ああ、わたし、電車に轢かれて死ぬんだ」と、思った。
「大丈夫ですか?」
 若い男の声がした。見上げると学生風の男性が二人私を見下ろしている。手早く体の上に覆い被さっていた自転車を起こしてくれた。「い、痛たた」と、あわてて起きあがった。恥ずかしくてお礼の言葉もそこそこに自転車を漕いで立ち去ったのだ。
 なぜ、あの踏切で右へ右へと引っ張られたのかわからない。あの若者たちが現れなかったら私は、電車に轢かれていたに違いない。思い出してもぞっとする。

 つま先から膝小僧まで紫色に腫れ上がった。ずきずきして病院に行こうとおもったが、あいにく盆休みである。我慢した。そのうちに痛みはとれたが、腫れはひかない。娘が私の足を見て目を丸くした。けがのいきさつを知ると、「霊に引っ張られたのやわ」という。
 「いゃ、そやろか?」
「お盆やから。鎌倉から新幹線が好きな霊が憑いてきたかも」
「ふーん……」
「この間、あの墓地の側通ったけど、出たわ。やっぱり」
「えっ。見たの」
「うん。ほんま、サダコみたい。映画のサダコみたいなのが車のフロントガラス越しに……もう必死で走り抜けた」
 度胸がある娘だ。でも、だれだってこんな場合は走り抜けるよりほかない。
  
 わが家の近く、近くといっても徒歩で十五分はかかるが、「幽霊」がでるという有名な心霊スポットがある。その墓地の横はバス通りで車の往来が絶えないのだが、いかなる因縁で霊が出没するのかしら?
 メジャーな話は、雨が降る夜にタクシーを拾い、いつの間にか姿を消すが、座席が濡れているというのり物好きの幽霊だ。
 あのスポットにはサダコのような怖い霊も棲んでいるらしい。