丁夫人の嘆き(曹操の後庭) 九十六
丁夫人の嘆き(曹操の後庭) 九十六
「出し抜かれてしもうたよ、あの魯に」
いまいましそうに老人は舌打ちした。
「出し抜かれたのですか? あら。どういうことですの?」
三娘は可愛く小首をかしげた。
「張魯の母親の力じゃ。たいした女じゃのう」
「ふーん、男勝りなのね」
「おお、てぇしたもんよ、色香で教団をでかくしおったわい」
「するてぇと傾国の美姫か?」
三明が薪を割る手を止め汗を拭った。
「傾国? わっはっは。傾国とまでいかんが、しなしなと妙に色ぽく垢抜けておってのう、人の心を掴むのがうまい。ありゃなぁ、天性の妖婦よ」
「へえっ、色仕掛けか?」
思わず三明が身を乗り出した。
「そうさねぇ、養生の秘術とやらで房中の術を授けるらしいからのう、あの教団は。とはいうが、誰彼なしに色目を使うわけじゃねぇ」
「おや、おや。自分の値打ちを心得ているのよ、きっと」
「的を射なすったよ。三娘さんは鋭い」
老人は目を細めて幾度も頷く。
「綺麗で賢い女が獲物をみつけたのだ」
「そういうことじゃ。劉益州(劉焉のこと)が当地に入った頃じゃったから、まだ数年まえよのう」
「するてえと言うと、数年前の天師道はこじんまりとしていたのか?」
「そうじゃよ。わしらの教祖様は鬼神を使役して天の御心を信徒に伝える。呪いの術も病気を治す術もはるかに優れていた」
いまいましそうに老人は舌打ちした。
「出し抜かれたのですか? あら。どういうことですの?」
三娘は可愛く小首をかしげた。
「張魯の母親の力じゃ。たいした女じゃのう」
「ふーん、男勝りなのね」
「おお、てぇしたもんよ、色香で教団をでかくしおったわい」
「するてぇと傾国の美姫か?」
三明が薪を割る手を止め汗を拭った。
「傾国? わっはっは。傾国とまでいかんが、しなしなと妙に色ぽく垢抜けておってのう、人の心を掴むのがうまい。ありゃなぁ、天性の妖婦よ」
「へえっ、色仕掛けか?」
思わず三明が身を乗り出した。
「そうさねぇ、養生の秘術とやらで房中の術を授けるらしいからのう、あの教団は。とはいうが、誰彼なしに色目を使うわけじゃねぇ」
「おや、おや。自分の値打ちを心得ているのよ、きっと」
「的を射なすったよ。三娘さんは鋭い」
老人は目を細めて幾度も頷く。
「綺麗で賢い女が獲物をみつけたのだ」
「そういうことじゃ。劉益州(劉焉のこと)が当地に入った頃じゃったから、まだ数年まえよのう」
「するてえと言うと、数年前の天師道はこじんまりとしていたのか?」
「そうじゃよ。わしらの教祖様は鬼神を使役して天の御心を信徒に伝える。呪いの術も病気を治す術もはるかに優れていた」
「張魯とやらの天師道とはどのようにちがうのでしようかね」
「似ているように思いますが……」
三娘がまたもや小首をかしげた。
「わしらの教祖様は黄帝や老子はもちろん、古くから伝わる諸々の神々をも信じて仕えている。鬼神というものじゃよ、そのうえに呪いや預言、厄除けさまざまな祈祷じゃ。まあ、病を治す謝礼も五斗米道と相場は変わらんがのう」
老人はがはっはっと高笑した。
「どうしたのじゃ、胡さん。 具合でもわるいのか?」
老人が三明の顔をのぞきこんだ。
「あ、いやいや。考え事をしておりました。それで漢中で布教しておるのかね、天師道の方は」
「なんせ、張魯の方は州牧の力を借りとりますから、万事が大道をいくように容易く事が運びまさぁね。悔しいが向こうが力を持っとりますのじゃ」
老人はため息をついた。
漢中市 漢の高祖の拝将台
漢中市 張良廟の方丈墓
漢中市 褒谷口(ほうやこく)
続く
写真はすべてグーグルマップより借用