消えた新妻

                  消えた人妻
 都市伝説の怖い話というのを読んだ。「だるま」という題で、
 新婚旅行で香港にいった男女のはなしである。街中を散策してしていた新婚カップルのうち、妻がちよっとそこで買い物してくるといって店に入った。待てど暮らせど妻は買い物から戻ってこない。夫は足が棒になるほど妻を捜すが、ようとして妻の行方はわからない。
 数年後、香港を訪れた夫は見世物小屋に入った。「人だるま」という見世物があって手足を切り落とされた女が見世物になっていた。よくよくみると、数年前に行方不明になった妻だったという話である。

 数十年前、私は大阪のU駅近くのビルにある、誂え紳士服店で受け付けの仕事をしていた。
 そのとき、店主から奇妙な話を聞いた。
店主「えらいこっちゃ、K君」
 小太りの店主はひどく興奮している。
私 「はい?」
店主「今から弁護士と集まって相談するのやで」
 ますます話がわからない。
 こんなときの店主は、だれでもいいから聞いたことを話したくてうずうずしているときなのだ。

 紳士服店で服をあつらえた。翌日には出来上がり、ホテルに届けてくれるそうだ。
新妻のほうはその店の何階か上にある婦人服店にエレベーターに乗って行った。
婦人服も誂えで、話の内容というのがすごい。店主の知り合いの人のことであるが、香港で新婚旅行中の新妻が失踪したというのだ。
 ショッピングセンターになっているわりと小じんまりしたビルがある。夫はそのビルると、翌日には出来上がって届けてくれるそうだ。
 紳士服店で夫はお茶を飲みながら妻を待った。
 いくら待っても妻は降りてこない。
 何をしているのだもう。
 夫はエレベーターに乗って妻が行った婦人服店に行った。
 妻はいない。
 店の者に訪ねると、そんな人は来なかったという。
 えっ。それじゃ妻はどこへ?
 必死になって探したが妻はみつからない。途方に暮れた夫は、
 とりあえず日本に戻り、あらためて弁護士に相談して現地で捜してもらうことにすることにしたという。
店主「ありゃきっと食われとるな」
私 「えっ。まさか」
店主「いやいや、K君。闇ではなぁ、あるそうやで」
 店主は私の肩をぽんぽんと叩き、あたふたとエレベーターに乗り込んだ。
 
 グルメで「ふぐ」には目がない店主は「あのぴりぴりとちよっと痺れるとこがなんとも言えまへんのや」と、よく言っていた。グルメが集まっての話題でそういう話が出ていたのかもしれない。そのときはうっそーと聞き流したが、「人だるま」の話を読んで、店主の話は本当だったのかもと思うのである。