さりげない優しさ

         さりげない優しさ

 こう暑いと人の心もすさんでくるようだ。夜になっても気温は下がらない。したがって寝苦しくて、「安眠?はて、どこの国の言葉かしら?」と首をかしげたくなる日々がずっと続いている。その日常の不快感、イライラをもろに他人に投げつけてくる。投げつけられた者は、とんだ災難だ。「この暑いのにええかげんにせい」と、怒鳴ってやりたくなる。
 不愉快なつぶてを投げられるのは真っ平ゴメンだから、なるべく淡々と人と接するようにしている。レースのカーテンでもまわりに張り巡らせておけば、人が放つ毒気もかなり軽減される。そのようにして退屈な日常を過ごしている。いわば私の処世術である。

その一
 アルバイトに出かける途中のことである。茶髪の男が自転車で蛇行している。細い道を塞いでいる。後ろから伺うと自転車の前かごに、はみださんばかりの大きな箱を積んでいて、それが、自転車をこぐたびにグラグラと左右に揺れ、蛇行運転になっているようだ。その荷物はちょうど缶ビール24個入りの箱詰めくらいはありそうだ。
おお、みごとな茶髪、なんとか穏便にそろりと側をすりぬけよう。そう思って私は自転車のスピードを落とした。彼の自転車に追いついた時、彼は私に気がついた。
 「ごめんなさい。ほんとうに申し訳なく思っています」
 そう、言ったのだ、茶髪の若者が。
「いえいえ。ご丁寧に」
 恥ずかしさに私はそれだけ言うのがやっとでした。茶髪で人を決めつけた私を恥じた。

 その二
 集金先で母親代わりに出てきた高校生らしき少女が出てきた。封筒に入れたお金を取り出して渡してくれた。私はざっと数えて領収書を渡した。そしてつぎの集金先に自転車をこぐ。その集金先は呼び鈴が壊れているので、家の前で携帯電話をかけてお客さんに表に出てきてもらう手はずになっている。 電話し終わってお客さんが出てくるのを待っていると、さっき集金したおうちの高校生らしき少女が走ってきた。
「あのう、封筒の中に一円が残っていました」
 日焼けした少女はまっすぐな目を私にむけて、恥ずかしそうに私の目の前に一円アルミ貨を差し出した。
 恥ずべきは私の方である。急いでいたからといって、よく確かめなかった私に非がある。なのにこの少女は、一円を渡すために暑い中を百五十メートルばかり、私を追っかけて走ったのだ。体育会系のクラブだろうか、汗はかいていたが息は整っている。
 「ありがとうございます。暑いのに、本当にありがとう」
 私の言葉に少女はにこっと笑った。
 笑顔が私の心にぽっと灯をともした、燃えるような夏の暑い夕方に。
イメージ 1
 百度百科より 玉しん花


その三
 その人はいわゆる「おっさん」と一括りにされる、平凡でどこにでもいるような中年男だ。夏の夕方など路地裏でよくみかけるような白いステテコにランニングシャツ姿の男どもがいるでしょ。
 職業はトラックの運転手とかで何日も家を空ける。在宅の時に集金にお伺いするが、その家は急勾配の坂の上にある。それを申し訳なく思って、在宅の時は必ず電話してくれる。本当にありがたい。
「いつも、お電話ありがとうございます」
「いやぁ。あのきつい坂を何度も上がってくるのかと思うと気の毒でな」
 その人はいかつい顔をほころばす。

 相手を思いやる心遣い、ああ、忘れてはいけない。ちかごろ、みんな自分のことばかり優先して、相手を思いやる心などどこ吹く風だ。ちよっとした「相手を思いやる心遣い」で、世の中もっと輝きそうな気がする。 本当に人は様々で、人は見かけによらない。