続 ニャンとも迷惑なネコ女

野良猫を保護して里親を探されている人々の活動には本当に頭がさがります。

でもね……でも……。
増えすぎた野良猫に苦しめられている人々もたくさんいるのです。行政に通報する人を、冷酷な人と決めつけることはできません。

世の中には、どうも猫は好きになれないという人もいます。自分が猫を可愛いと思っても、他人はそうじゃないかもしれない。
猫アレルギーの人もいます。症状はさまざまらしいですよ。

『わが子を命がけで守った猫』のところで書きましたが、
「あっぱれな猫じゃ。おまえは猫のなかの猫よ、のう。ノラさんや、わしがおまえの子を育ててやるから安心せぇよ」と、四匹の子猫を育てたYさん。
Yさんの猫アレルギーの症状は「ぜんそく」でした。
息が止まりそうなぜんそく発作をおこし、救急車で病院に運ばれました。いろいろ検査してみて猫アレルギーとわかったのです。それまで、何匹もの野良猫を保護してきたのに、意外だったとおっしゃっていたそうです。
その工場で捨て猫を育てているとわかると、なんども猫を捨てにくるのです。
「夜中に車が止まる音がして、なにか段ボール箱を置いていった」
残業していた隣の工場の人が教えてくれるのです。
ずいぶん遠くから、車で捨てに来るのです。捨てられた子猫がみんな保護されるわけではありません。
神戸の少年A事件とはまったく無関係な土地ですが、近くの公園で、針金で首を絞めて木につるされていたりするのです。

捨てる人は、良心の痛みを「親切なひとに拾ってもらうのやで」の一言で紛らし、あとは猫のことを忘れてしまうのだ。


それは、連続放火魔が新聞紙上をにぎわせていた頃のことだ。猫守が住む市内でのことだ。
猫守が寝ぼけ眼で朝刊を取りに出ると、門扉の外に灯油のポリタンクが置いてあって、そのタンクの周りに煙草の吸殻と無数のマッチの燃えカス、まだ半分以上も入ったマッチ箱が散乱していた。
放火魔は公共の建物を狙うと報道している。
猫守の家の隣は公共の建物である。
「ゆうべ、雨が降ったから、ポリタンクに火がまわらなかったのだわ」
怖くて怖くてガチガチ震えてきた。放火されなかったのは神様が守って下さったからだ。
あわてて110番した。

パトカーがきた。
現場をみたお巡りさんたちがいった。
「これは連続放火犯とはちがいまっせ。放火犯はガソリンですわ」
「これ、灯油や。だれか置き忘れていったのと違いますか?」
???
じゃ、このマッチの燃えカスの散乱と数本の煙草の吸殻はなんだ?呆然とする猫守。
「おたく、灯油使う?」
お巡りさんが聞いた。猫守はあわてて首を横にふる。
「うちは石油ストーブありません」
「ほんなら、これ警察で使うわ」
警察で引き取ってくれると聞いてほっとした。不気味な灯油なんていらないもの。

しばらくするとネコ女が訪ねてきた。
「ちょっと、あんた。ここに置いといた灯油知らんか?」
門扉の例の場所を指差す。
「あれ、○○さんのでしたの?」
もう、猫守は呆れてあいた口がふさがらない。
ネコ女は、灯油を返してくれという。
「お巡りさんが持って行ったわ。パトカーが来ていたこと、知らないの? 救急車だとかパトカーがくるといの一番に飛び出してくるでしょ……」
連続放火魔のことをとうとうと弁じたて、はては煙草の吸殻やマッチの散乱をまくしたててやった。
すると、このこと、近所には内緒にしてくれとのたまうのだ。

しかし、灯油の件は、たぶん他の家でもやっている感じだ。
おまわりさん、からかうように震えている猫守に「誰かおきわれよったな」と言ったのだ。そのとき、微妙なニュアンスがうかがえたもの。ネコ女もネコ女だ、パトカーが来ているときに「それ、うちのです」と言って名乗り出てくれたらよかったのに。

とにかく道路向かいに、非常に個性が強い、強すぎて困るネコ女が生息しているて、しかも,
猫はざっと見たかぎりでは五十匹を超えていた。年内に百匹を超えるのは必至である。「猫の恋」という季語を無視した繁殖ぶりなのだ。子猫を捨てられた親猫は季節などおかまいなしにすぐに「奔放な恋」にふけって水をぶっかけられている。年に二、三回は身ごもっているみたい。
猫たちはネコ女の隣の資材置き場にも糞をするらしい。そっちの悪臭は猫守のところには届かない。
するとネコ女は、その土地の所有者に電話して掃除させる。
なんと狡猾な女だろう。
自分の家の植木鉢に糞をすると、猫を箒で叩いて罵っている。
だから、よそでしてこいというわけだ。なんと迷惑な考えだろう。

窓をあけたまま眠っていると、枕元で猫の鳴き声がして、網戸をカリカリひっかく音までする。隣家の廂からモモンガーのように猫が飛んでくるのだ。
裏でガサゴソ音がする。ぱっと飛び起きて懐中電灯で照らす。
家人のいうことには、
「だれだ!」
と叫んだら、人影が二つ、ぱっと家の横に隠れたという。物騒なことだ。これじゃ、泥棒の餌食だ。
そんなことばかり続いて、猫守は夜となく昼となく、眠れなくて、眠りかけると猫がベランダを走る回るからだ、一日中眠くてたまらなくなった。眠いけれど、家事炊事は待ってくれない。ぼうっとして、なんの気力もなく、気ばかりあせる。
掃除をさぼると悪臭だ。なにもかも、ネコ女のせいだ。情けなくて腹立たしくてたまらない。

注意するとひどい目にあうよ。近所の人が被害にあった実例をいろいろ話してくれる。
生ごみをまかれた人。怒鳴りこまれた人。粗大ごみを置かれた人などなど。

ある日、意を決して市役所に相談した。そこで動物なんとかセンターという部署を教えられた。
「猫を捕獲してください」
「猫を捕獲することは禁じられています」
「はあ、もう……ノイローゼ気味です。猫を使っていやがらせされているように思えるのです。猫と一緒に侵入してきます」

そこで犬猫の慰霊碑をみせられた。複雑な思いに猫守の心は揺れる。
センターの人がネコ女の指導に来てくれることになった。そして、猫守には猫にとって「ここはとてもいやな所だ」とおもわせる環境にする方法を教えてくれた。

センターの指導員が町会の役員とともにネコ女を訪れるとネコ女は道に飛び出してきて
「だれやっ! タレコミやがった奴は」
と、叫んだ。
「猫なんかうちは飼うてへん」
と、シラをきったが、論より証拠、十数匹の猫が門の中で寝そべっている。

猫守が苦情をいうよりも前に、数回、ネコ女を指導するために訪問しているという。
猫を寄せ付けない方法を種々、伝授されて実行してから、猫守ん家の糞害は目に見えて減った。
よその家もゴミ箱にネットを張って、猫にごみを荒らされるのを防いだ。
犬が猫をおいまわした。
猫は水をかけられたりして、溝のなかで暮らし始めた。糞をする場所がなくなり、ネコ女のところでするようになった。
ネコ女はひんぱんに猫を箒で叩き、追っ払うようになった。
空き家が取り壊され、新しい家が建つにつれ、ネコ女の秘密基地が狭まった。ネコ女が旦那と車に乗ってでかける。親猫がそわそわして出たり入ったりする。いつも見かける子猫がいない。はぁ、捨てにいったのだ。
成猫で、ノルウェーフォレストジャンという猫種の猫がいた。すっごく悪い。きれいな猫だけと家の壁を上ってきてモモンガのようにビュンビュン飛んでくる。それも捨てられた。
ネコ女の家の屋根を痛めたらしい。パチンコ屋の裏道の真ん中に、その猫が座り込んで東の空をじっと眺めていた。距離をネコなりに測っていたみたい。帰ろうにも帰れない哀れな猫。

新聞の記事やブログを見る限り、猫にばかりスポットライトが当たっていて、人間がみえない。
猫騒動の問題の本質はとどのつまり、人間に行きつく。

あまりこまごま書き連ねると、なんだかこちらの心まで卑しくなりそうなので、書きたくてもこれ以上、ネコ女について書けません。

ただ、懸念していたように猫守の家に泥棒が入りました。神経を太く持て、と言い聞かせ多少の物音には我慢した結果、です。