ネコの「お礼参り」

ネコは執念深い。
昔から言われていることです。
仕返しなんかします。

昔、ネコが「お礼参り」にきて、びっくりして猫守は飼い主さんに謝ったことがあります。

子供たちが中学生くらいのときのことです。
そんなこと、全然知らなかったのですが、入口をあけたままお食事をしていると、白いボールのようなものが転がり込んできて、ポーン、ポーンと畳の上を跳び、タンスの上に上がったかと思うと跳んで窓の外に消えていった。
「あれ、なに?」
「わからん。なにやろ?」
「ボールや」
「ふわふわしてたで」
「ケサランパサンかもね」
「うん、そうかも」
育ち盛りは、少しでもいいおかずをより多く胃袋に詰め込むのに忙しく、ケサランパサンなる正体不明の物体だということで納得しました。

ケサランバサランの正体は、二階の住民が飼っていたシャムと何かの雑種の子猫だとわかりました。
名前はアタロー。
おとなになると空色の目をした、すこしベージュぽい毛色になりました。
このネコは息子や娘のお気に入りでした。

アタローは鶏肉が好物みたい。
だれかにサミをもらって、生のまま食べていたりした。

わが家でカシワのから揚げなんかしていると、匂いでわかるのか、開け放った入口からぬっと顔を出し、油断したすきに、ちゃぶ台に前足をかけ、唐揚げを睨んでいる。
「から揚げ、気をつけてね。アタローが狙っているよ」
息子に娘は、貴重なたんぱく質源を奪われまいと唐揚げを見張る。

でも、いつも小さなものをふた切れくらい、アタローにおすそ分けしていた。なんだか、可哀そうで。

玄関は真っ暗、子供たちはクラブ活動でまだ帰宅していない。
会社帰りの猫守はつかつかと、玄関に歩み寄り、と、そのとき
「フンギャアー」
と一声、ネコの悲痛な叫び声が響き渡る。
パンプスのかかとで何かを踏んだらしい。
アタローを踏んだ。しっぽかな?
「ごめん。痛かった」
「ギャオー」
捨て台詞のような叫び。アタローは階段を駆け上っていく。

みんなで御飯を食べていると、
「ドシン、ドシン」
玄関の戸に何かがぶつかる音。
「どなたでしょうか?」
声をかけたが返事はない。
「ドシン。ドシン」
音は止まない。
不審に思って戸をあける。
戸をあけると
「フーウッ」
アタローが背中を膨らまし、毛を逆立てて猫守を威嚇している。
見れば、右の前足がゴルフボールみたいにぷくっとはれ上がっている。
「ごめん、痛い。ごめんね」
猫守はおろおろしてしまう。
「フウーッ。フウーッ」
よくもこんな目にあわせたな。
アタローはよくもまあ、こんなに体を膨らませることができるものだと、感心してしまうくらい大きくなって猫守を威嚇する。そこへアタローのママさんが通りかかった。
猫守はひたすらに謝った。ママさんは看護師だ。
「心配しないでください。湿布しときますから」
アタローを叱りつけ、抱っこして二階に上がっていった。
叱られるとアタローはしゅんとおとなしくなっちゃったけど、
ネコもまあ、お礼参りにくるんだ。
「どうしてくれるんだ、俺の大事な前足をこんなにしてくれて」
とか言ってね。
びっくりした。生き物って大事にしないといけないわねぇ。