冬の怪談

                     冬の怪談
 
 我が家から自転車で十分ほど走ると墓地がある。直線距離だともっと近いが、なんせここはもと、村だった。今はS市に合併されてれきっとした市になった。郷土史の冊子をみると道幅は信じられないほど細く、人と人がすれ違うのがやっとだったので、後で道路普請をして道幅を広げたという。したがって計画的に整備された道でないので、うんと迂回しなければならない。そのおかげで墓地まで遠くてよかったと思っている。
 出る、出る。あれが。
 この土地に引っ越してきて数年経った頃、タクシーの運転手さんから
「ここは出るから、ぼくらあまり夜は通らんようにしてるんですわ」と、聞いた。
 結構有名な古墳の東側の墓地は、村の共同墓地で、灰色の墓石が所狭しと立っている。昔は土葬だったらしいが、そのうちに火葬になったらし。煙突が突き出た廃屋のような建物がぽつんと残っていた。いまは別のところのおおきな火葬場を利用している。
「出るって幽霊ですか?」
「はぁ。白い着物きた女が車止めよりますねん」
 ちらちらとバックミラーに映るわたしの顔を確認しながら言う。
 女を車に乗せる。この墓地を通り過ぎると車内から女の姿がかき消えているという。
 ドライバー仲間では有名な話らしく、見たという人が多い。うちの娘も知っていて、夜、車に乗せてもらった時、
「うわっ。ここ、夜に通るの避けたい」と、ラジオのボリュームを上げる。
 薄暗くて物寂しい墓地の斜め向かいにガソリンスタンドがあったが、廃業したらしくコンビニになった。怪談をよそに夜遅く、中学生たちが店の前に座り込んでいる。
 
テレビでイリュージョンをしていた。見ていた息子が
「あそこの墓地で熱心にイリュージョンの練習しているヤンキーがおるよ。それが上手いらしい」と、いう。
「あそこ出るって有名だわ。怖くないの」
「ううん。夜な夜な墓地に立って凄いもの見せてくれるらしい」
「?」
「車が来るとぱっと飛び出す」
「どこがイリュージョンなのさ」
「ドン。ヤンキーがコンクリート塀にはねとばされる。急ブレーキかけて真っ青なドライバーがよろよろと車から出てくるのや」
「ええっ」
「どこにもおれへん。塀の中にすっと消えてるのや」
「ヤンキーの幽霊が運転手をからかったの?」
「イリュージョンやろ」
 新しい幽霊が現れたらしい。でも、息子はよくわたしを騙すから、これは本当かな。
この寒さで雪まで積もった。墓地の住人たちは行き来にタクシーをフル活用しているのかな。