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妖(もののけ)の涙――小説玉璽物語三十二

妖(もののけ)の涙――小説玉璽物語三十二 劉虞の密偵たちの慌てぶりが気になる。一体、何が起きたのだろう。秩序は城壁の石積みのようなものだ、一つが崩れると次から次へと崩れる。関西では董卓が呂布に殺され、呂布が主権を握ったかというとそうではないら…

妖(もののけ)の涙――小説玉璽物語三十一の付録

妖(もののけ)の涙――小説玉璽物語三十一の付録 以下に掲載する地図はこれから出てくる内容の予備知識と 袁術が荊州の南陽郡から逃れて拠った揚州九江郡の地図です。 確実なところでは 漢から北斉までの薊城があったところ。白雲観のあたり。グーグルマップ…

妖(もののけ)の涙――小説玉璽物語三十一

妖(もののけ)の涙――小説玉璽物語三十一 塩と鉄の産地は昔から富栄えた。王莽にが滅ぼした漢王朝では塩と鉄を専売としたことがある。武帝の匈奴討伐で財政難におちいった漢朝は塩と鉄と酒を専売にして財政を立て直した。塩と鉄の産地は王侯にも匹敵する富豪…

妖(もののけ)の涙――小説玉璽物語三十

妖(もののけ)の涙――小説玉璽物語三十 茜色が去ると寝起きのような一番星が姿を現した。 劉虞の密偵たちは糒(ほしい)で腹ごしらえが終わったらしい。あわただしく身支度をととのえると歩き出した。私はこの密偵の後を追った。追ったというより幽州への道…

妖(もののけ)の涙――小説玉璽物語二十九

妖(もののけ)の涙――小説玉璽物語二十九 東方にも西方にも北方にも南方にも王者の気が立ちのぼっていた。 「ああ、これは一体どういうことだろう」 鼠の白頭王はため息をつき、はらはら涙をこぼした。 「貴殿はこれがどういうことなのか知っていなさる。だ…

妖(もののけ)の涙――小説玉璽物語二十八

妖(もののけ)の涙――小説玉璽物語二十八 麴義(きくぎ)はこの好機を見逃さない。 殺せ。殺せ。息の根を止めろ。大戟は敵の馬の足をなぎ払い、矢の雨が降った。 界橋亭城の東方には公孫瓚が先頃から根城にしていた広宗県城がある。そこに逃げ込む前につぶさね…

大凶も心のもちよう―― 懐州録事参軍の路敬潜

大凶も心のもちよう――懐州録事参軍路敬潜のこと 懐州録事参軍の路敬潜は綦連耀(きれんよう。原文は綦連輝)の事(案ずるにまさに神功元年(丁酉697)の綦連耀、劉思禮の謀反事件を指している。疑うらくはまさに輝は耀の誤りとなさん)に連坐して新開で推鞫…

瞬間移動する道士たち(符契元)

瞬間移動する道士たち(符契元) 唐の上都(長安)、昊天観(こうてんかん)の道士、符契元は閩(びん)の人である。ぬきんでた法術の才によって(原文。徳行)時に重ぜられていた。長慶年間の始め(821年)、夏の半ばの早朝に門人につげた。 「わしはほんの少し…

唐の長安を上都と称したわけ

唐の長安を上都と称したわけ 唐の長安 平凡社「アジア歴史地図」より 平凡社の東洋文庫『唐両京城坊攷』長安と洛陽(徐 松撰 愛宕元 訳注)より、引用抜粋 【以下引用】 唐の西京は初めは京城と称した。隋代に新たに築かれた都城であり、開皇二年(五八二)…

掠剰鬼(りゃくじょうき)

掠剰鬼(りゃくじょうき) 広陵の法雲寺の僧、珉楚(みんそ、びんそ)は、かつて中山の商人である章なにがしとすこぶる仲がよかった。 章が死んだ。珉楚は斎(とき)を設けて読経をした。 数か月後、楚は市中で章にぱったりとであった。そのとき楚はまだ食事…

五夫守宅(ごふしゅたく)の女

五夫守宅(ごふしゅたく)の女 武則天の周朝の郎中、裴珪の妾の趙氏は器量よしだ。 趙氏はかつて張璟藏(ちょうけいぞう)という占の大家のところに行き、生まれ年の干支で(原文は年命*生年の干支をもとに運命を占うこと)運勢をみてもらった。 璟藏がいっ…

妖(もののけ)の涙――小説玉璽物語二十六

妖(もののけ)の涙――小説玉璽物語二十六 白頭王はしきりに頭をかきむしった。がつんと脳天に一撃を食らった気がしただろう。なまめいた美女が男だったとは不覚であった。大きな戦がはじまるのも。 「あれは孫子の兵法か……。いやいや、望気の術じゃよ。騎馬…

妖(もののけ)の涙――小説玉璽物語二十五

妖(もののけ)の涙――小説玉璽物語二十五 冀州(きしゅう)の都である鄴(ぎょう)は、もとは戦国趙の国の領土であった。大国だった名残はさまざまなものに跡をとどめているが、その一つが女である。趙の女は美しい。 都、邯鄲(かんたん)の包囲を経験したらし…

界橋についての私的メモ

界橋ついての私的メモ それは中華書局版「後漢書」の孝献帝紀第九の初平三年の袁紹と公孫瓚が界橋で戦った記述の注から始まった。 帝紀の界橋の注* 今、貝州宗城県東に古界城あり、枯漳水の近くである。すなわち界橋はここにあった。 (注の行政区画は唐代…

妖(もののけ)の涙――小説玉璽物語二十四

妖(もののけ)の涙――小説玉璽物語二十四 「白頭王どの」 「なんじゃな。趙姐さん」 「幽州の密偵とおっしゃるが、幽州牧である劉虞(りゅうぐ)の配下でしようか? それとも劉虞と対抗する公孫瓚(さん)の配下の者か? あるいは遼東太守の公孫度の配下でしょ…

妖(もののけ)の涙――小説玉璽物語二十三

妖(もののけ)の涙――小説玉璽物語二十三 後漢の幽州 中国歴史地図集 三聯書店(香港)版より ただならぬ殺気を感じた。ここは街道からそれた間道の茂みである。 袁紹が支配する冀州を北上していた私たちは、あえて街道をさけた。街道の要所要所に関所が設けら…

中国古代の鄴(ぎょう)城・私的メモ

中国古代の鄴城(ぎょうじょう)・私的メモ 《鄴について》 北斉地理志上(中華書局版 施和金撰)より 司州の治所は鄴県である。今の河北省臨漳県の西南 魏書地形志に 「鄴は二漢、晋では魏郡に属し、天平(534~537年)の初め蕩陰(とういん)、安陽をあわ…

妖(もののけ)の涙――小説玉璽物語二十二

妖(もののけ)の涙――小説玉璽物語二十二 野にも山にも死屍累々、老いも若きも男も女もひとしく骨を晒す。ある地方では、血染めの川が死屍にせき止められて流れなかった。あまりにもの惨状に私は号泣しそうになった。一つの王朝が滅びようとするときはいつも…

妖(もののけ)の涙――小説玉璽物語二十一

妖(もののけ)の涙――小説玉璽物語二十一 螻蛄(けら)の好学を鼠の白頭王にまかせて、私は旅に出るつもりだった。好学をしっかりとした沙門に引き合わせることができなくて残念だ。黄金のありかを知っている螻蛄(けら)である、それゆえに螻蛄は悪い人間の…

広陵の花売り

広陵の花売り 鄂州から望む長江 写真はグーグルマップより。 鄂州(がくしゅう。湖北省鄂州市)に若い武将がいた。名を「なにがし」と記しておくが、姓はここらあたりの有力者と同じ姓だ。といってもなにがしは、もともと、あまりぱっとしない家の出だ。 こ…

妖(もののけ)の涙――小説玉璽物語二十

妖(もののけ)の涙――小説玉璽物語二十 地上に黒い影が走る。空を仰げば、飛蝗(ひこう)の大群さながら黒い塊が、唸るような羽音とともに東へと飛んで行く。ああ。黒い森の仲間たちだ。鳥(じちょう)族の戦士たちが翼の羽ばたきも勇ましく、東へと飛んで…

洛陽の錬金術師

洛陽の錬金術師 唐の玄宗の御代のことである。 洛陽の高五娘は器量よしだった。五娘は李仙人というものと再婚した。実は李仙人は謫仙(たくせん)だった。その頃、罪を犯して天上界から地上に流されていたのである。 李は高氏とよしみを結んでからというもの…

妖(もののけ)の涙――小説玉璽物語 十九

妖(もののけ)の涙――小説玉璽物語十九 西門豹の祠からは赤みを帯びた濁った漳水が見下ろせた。祠の左に豹をたたえる古い碑(いしぶみ)がある。 「おお。初めてみたぞ、これが濁漳水、なるほど濁っておる。この水が冀州に恵みをもたらしたのだな」 螻蛄(け…

妖(もののけ)の涙――小説玉璽物語 十八

妖(もののけ)の涙――小説玉璽物語十八 写真は河北省邯鄲市臨漳県グーグルマップより 第十八回 「行ったか?」 「行ったぞ」 人っ子ひとりいないはずの堂である。眼下の柱の陰からささやきが漏れ聞こえた。声はくぐもり、ふわふわとして妙に人間離れしていた…

妖(もののけ)の涙――小説玉璽物語十七

妖(もののけ)の涙――小説玉璽物語 十七 「わっはっは。天下の袁術が嫉妬に身を焦がす」 螻蛄(けら)の好学が笑った。 「先生は笑いなさるが、本人たちには由々しいことですぞ」 「うむ、そうだろう」 好学が頷く。 「わが鼠族は人にも劣らぬ慈愛と知恵をもつ…

妖(もののけ)の涙――小説玉璽物語 十六

妖(もののけ)の涙――小説玉璽物語 十六 ここは冀(き)州の都、鄴(ぎょう)である。鄴には州牧の府寺(やくしょ)がある。冀州牧であった韓馥(かんふく)も鄴の府寺に住んだ。 『ああ、天下の人傑はこぞって袁紹のもとに集まるが、なぜわしのところではない…

妖(もののけ)の涙――小説玉璽物語 十五

妖(もののけ)の涙――小説玉璽物語 十五 「婁(ろう)先生」 敬意を払って私は螻蛄(けら)を先生と呼んだ。 「尻がこそばゆい。好学と呼んでくれ」 螻蛄(けら)は私の肩の上でじーと鳴く。気のせいか、螻蛄の声が耳にやさしく響いた。 「それでは好学どのと…

妖(もののけ)の涙――小説 玉璽物語十四

妖(もののけ)の涙――小説玉璽物語 十四 ど、どっどっ。どっどっどっ。蹄の音が大地を揺るがす。いつの間にか眠ってしまったらしい、私は飛び起きた。 日は高く昇り、赤金色の光が寝藁の上で踊っていた。半ば崩れおちた窓から外を伺うと、白馬の一団が野面を駆…

妖(もののけ)の涙――小説 玉璽物語十三

妖(もののけ)の涙――小説玉璽物語 十三 冀州(きしゅう)から東北へ通じる街道に黄塵が絶えない。来る日も来る日も避難民が東北へと街道をたどった。 「どちらへ行きなさる」 木陰で憩う埃まみれの男に物売りが問うた。 「幽州です」 答えた声は若く、涼しい…

妖(もののけ)の涙――小説 玉璽物語十二

妖(もののけ)の涙――小説玉璽物語 十二 杏姐さんは袖で口もとを覆って欠伸をひとつした。ああ、もうすぐ眠りにつくのだ。 「お休みの歌を聞かせてくれる黒衣郎はどこにいるの?」 私はきょろきょろあたりをみまわした。黒衣郎はどこへ行ったのだろう。次の春…