一目惚れ

             一目惚れ

 河間の劉別駕は、つねづね「世の中に女性(にょしょう)はおらぬ。どうしてわしの意にかなう女性はいないのか」と、言ってはばからなかった。

  
 注*河間は、今の河北省河間市に相当する劉の本籍地は河間、別駕は州の長官の補   佐官

 

 後に西京(西都、長安)に行き通化門に着いた。

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 映像で彩られた長安城 グーグルマップより
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アジア歴史地図 平凡社より

 

 そのとき劉は、車にのった美しい女と目があった。一目見るなりその女に心を奪われ、無我夢中で女の車のあとをつけて女の家に行った。家は資聖寺の裏のすみにあった。

 

 女との遊蕩にふけって数日がすぎた。その数日はあれやこれやと心のびやかで楽しかった。話がうますぎたが、劉はなんの不思議も感じなかった。ただ、夜分の寒さには閉口した。褥(しとね)をいくつも重ねたが、それでも体は温まらない。どうしてだろう? 心ひそかに劉はこれを怪しんだ。

怪しいという思いが伝わったらしい。まさに夜明けを迎えようとしたそのとき、忽然と女も家も消えていた。はっとしてわれにかえった。なんと劉は、荒れた庭園の、幾重にもうずたかく積もった落ち葉の下に身を横たえていたのである。

 彼はこれがもとで長いあいだ病に伏した。


 太平広記鬼十九 河間の劉別駕 Chinese Text Project より


 

注*長安資聖寺は左部に属し、崇仁里にあったとしるされます。

今は廃寺になっていますが、

「慈覚大師円仁の足跡を尋ねて 人民中国」と入力すると

資聖寺遺跡の写真やこの寺の関連記事が日本語でわかりやすく記されています。

注*とは皇帝の宮殿から南を臨んでの左です。皇帝は南に面をむけ、臣下 はその皇帝に向かって対面するので、北面します。皇居からは見て左は、 北面する側からみると右にあたります。