あべこべ親子
長安が全盛を誇っていた頃のことである。
ある道術者がいた。自分は丹砂の妙を得たと称していて、顔を見ればどうみても二十歳の若者にしか見えない。
さらに、「わが齢(よわい)は三百歳を超えておりますぞ」と、言うのである。それゆえに長安の人たちは驚くやら喜ぶやら、たいそう道士の徳を慕い、銭や金目の品を持参して不老長生の丹薬を求めた。また、経書を携えてさらに知識を深めようとする者たちが押し寄せ、道士の第(やしき)は、門前市をなすありさまだ。
時に、朝廷の役人数人がその第(てい。やしきのこと)を訪れた。酒宴まさに酣(たけなわ)となった頃、門番がやってきて報告した。「若君が下屋敷より上京なさって目通りしたいそうです」と。すると道士は顔色を変え、この者を叱りつけた。見るに見かねた座中の客の有る者が、「令息は遠くから来られたのであろう。一目みたいというのは人情ではござらぬか。どうして拒まれるのか?」と、とりなした。
道士はしばし眉をひそめていたが、おもむろに口を開いた。「入らせなさい」。
まもなく一人の老人が現れた。頭髪はすっかり銀色で、痛々しいほど老いぼれた傴僂(せむし)が小走りで道士の前に進むと、少し上体を曲げ、胸の前に組み合わせた手のところまで首を下げてお辞儀をした。「拝」という丁寧なお辞儀である。しかし、老人のお辞儀が終わると、道士は老人を叱りつけて門の中に入らせてしまった。そして、徐に座中の客に向かって言った。
「子供はおろか者で、丹砂を服食しようとしませなんだ。それゆえに、あのように老いぼれてしまいましたわい。みな未だ百歳にも及ばぬのに、しぼみ衰えることかくのごときでじゃよ。常に田舎の墅(しもやしき)に身を退けておるだけですわい」
道士の言葉に座中の客は驚いた。いよいよあらためてこの道士を仙人だとと思い込んでしまった。
太平広記妖妄二 目老叟為小児 ChineseText Projectより 拙訳