樊噲(はんかい)の亡霊
樊噲(はんかい)の亡霊
長安の待賢坊に隋の北領将軍、史万歳の宅があった。その宅は初めの頃には、いつも鬼怪があって、そこに住んだ者は死んだ。
万歳は鬼怪など信じなかった。それゆえにこの宅に住んだわけである。
ところが、夜になると身分ある冠をかぶり立派な衣をまとうた、たいそう立派な者が現れて、万歳のもとに進み出た。万歳は鬼に、なぜこの宅(やしき)にあらわれるのか問うた。
「われは漢の将軍樊噲(はんかい)だ。わが墓が君の宅の厠(かわや)に近く、いつも穢悪(わいお)に苦しんでおる。よそに移してくれるなら必ず手厚く報うぞ」
樊噲の霊はそう言った。
注* 鬼怪
死者の魂による怪しい出来事。
注* 穢悪
穢しにくむこと。
万歳は承諾した。そして人を殺したことを責めた。
「おのおのが恐怖のあまり死んでしまったわけで、決して自分が殺したのではない」
鬼はそう答えた。
厠の近くを掘ると骸(むくろ)や柩(ひつぎ)が出てきたので改葬した。
のちに樊噲の亡鬼が夜現れて感謝して言った。
「君はまさに武将となるだろう。わしは必ずや君を助けることとしよう」
のちに万歳は隋の武将になった。賊にあうたびに鬼兵が自分に加勢するのを感じ、戦えば必ず大勝利をおさめた。
太平広記 鬼十二 史萬歳 Chinese Text Project より 拙訳