虎の婦(つま)

            虎の婦(つま)

 唐の開元中(713年~741年)のことである。

 虎が人家の娘を連れ去って妻にした。虎は深山に室を結(かまえ)て住んだ。

 二年たったがその婦(つま)は少しも悟らなかった。のちに突然、酒を携えた二人の客人が訪ねてきて、この家で酒盛りをした。このとき、夫は妻をいましめて言った。

「この客人は少し変わっているから、決して覗き見をしてはならないよ」

 豪快に飲んで、たちまち客人たちは酔い潰れて眠ってしまった。

 妻は部屋に行ってそっと覗いてみた。どれもこれも虎だ。びっくりして腰が抜けそうになった。しかし、敢えて口外しなかった。しばらくすると虎どもは、また人間に化けた。

 夫は戻ってきて妻にいった。

「覗いたりしなかったかい?」

「はじめからずっとここを離れませんでしたわ」

 妻は嘘をついた。

 後日、妻はねだった。

「なんだか実家を思い出してなりませんの。一度、実家の両親のご機嫌伺いに帰らせてくださいな」

 十日後、夫は酒と肉を手土産に用意して、妻と一緒に妻の実家に向かった。だんだんと実家に近づいたものの、行く手には水をたたえた川が横たわっていた。妻はさっさと一人で渡ってしまった。夫は初対面の妻の身内に挨拶する体面を考え、衣を濡らさぬようにと、衣の裾をからげて渡ろうとした。

 すると、妻がからかった。

「あんたの後ろにどうして虎の尻尾があるの?」

 虎の夫はたいそう恥じいり、ついに水を渡らなかった。

そこで妻は思いっきり速く走って実家に駆けこみ、二度と虎のもとには戻らなかった。


太平広記 虎二 虎婦 Chinese Text Projectより 拙訳