ウイグルの求愛の歌よ、永久に響け! 前篇

とても恥ずかしい旅行をしたことがある。
シルクロードという、とてつもない夢の道をたどる旅の広告に惹かれてしまったのだ。

旅行社の窓口で。
金物職人の町、カシュガルまで行きますよ。

おお、すばらしい。新疆省の西のはしだ。
わたし、ツアーに参加します。でもね、日本でもO157が流行っているでしょ。
わたし、中国に行くと必ずお腹壊します。そちらの方は大丈夫でしょうね。赤いものを食べるといけないとか。(赤いものを食べなくとも下痢するの。つらいよ)

あれは、包丁が汚染されているんだ。あいつら、肉を切った包丁を洗いもしないで野菜を刻む。

ふんふん。

ガイドに見張らせますよ。そんな包丁でスイカやトマトなんか切るなと。必ず火を通した料理をだすよう、見張らせます。

ふんふん。

 だが、甘美な夢に満ちた旅のはずが、それはそれは楽しくもあり、恥多き旅になった。
夏の旅だ。
西安までは良かった。
玉門関や陽関あたりで、勝手にツアーの一行はスイカや果物を買って食べだしたのだ。しかも、小川の水で洗ってリンゴや桃にかじりつく。
バカ、バカ。
添乗員がそんなことしているのだ。
わたしは食べなかった。
食べた人たちはひどい下痢。
食べないわたしも、少し下痢。
砂漠を越えるのだ、トイレなんかない。

バスからなるべく離れて、「きじを撃て」。(大の方の用たしの隠語。昔、ワンダーフォーゲルの人たちに教わった。その姿勢が雉撃ちににているからだそうだ)

まだ、このころはカシュガルまでの鉄道は建設中。

砂漠といえども、石油公路と俗称される道路がつっ走っていて、トラックの往来が絶えない。通りがかりのトラックの運転手が冷やかしの声をあげて行く。

しかし、なりふりかまってられない。みな、必死。

そこでわたしはよからぬ妄想にふける。
おお、この砂漠には無名、有名をとわず古人の排泄物の残滓がうずもれているのだ。
クチャの尊い高僧、鳩摩羅什(くまらじゅう)の落し物もあるかなあ……。
クチャの麗しい女奴隷たちのも……。

ま、これは恥じの序の口。
バスはえんえんと天山山脈にそってすすむ。
はじめは感動した天山も、行けどもいけども天山で、
「あれは?」
「天山」
何時間後に、
「あれは?」
「天山ですね」
こんなに天山が車窓にへばりついてばかりで退屈。

退屈のあまり、ウイグル族の若者(ガイド)をからかいだす。
ツアーの参加者は中高年、この生真面目な若者が可愛くてしかたない。
ツアー客  「独身かい?」
ウイグル若者「いいえ」
ツアー客  「じゃ、新婚?」
ウイグル若者「はい」
 ぽっと頬を赤らめる。
添乗員   「やはり、彼女に愛してますと告白したの?」
ウイグル若者「歌を歌いに行ったよ」
添乗員   「歌? 一緒にカラオケに行ったの?」
ウイグル若者「違うよ。ウイグル族は結婚したい娘(こ)に求愛の歌を歌う。歌が出来ないと結婚出来ない      よ」
全員    「へえー」
添乗員   「じゃあ、あなたも歌を練習したの?」
ウイグル若者「練習した。友達に楽器の伴奏を頼んで二人で彼女の家に行ったよ。窓の下で歌を歌った        ね。OKのときは窓があいて、彼女が顔をだす」
添乗員   「素晴らしいわ。それをいま、ここで歌ってくれる?」
ウイグル若者「だめだよ。この歌は神聖な歌だから、彼女にしか歌えないきまりがある」

ウイグル族に求愛の歌があるなんて、
なんてすばらしい。

昨今、いえ、私たちがツアーに参加したときにもすでにウイグルの暴動があった。
伊寧、天山北路の町で、中国より政策を行った市長に民衆が怒りを爆発させた。つるしあげにあった市長は銃で自殺したとか。
このような情勢のなかで、ウイグルの求婚歌は生き延びることができるだろうか?

中国政府は自治区という名は与えても自治は与えていない。
観光用のウイグル族を残して、あとはみな漢人化させるつもりらしい。

なんだか、中国の外交政策漢帝国中華思想に端を発して一貫して変わらないように思える。
懐柔と分裂政策である。
周辺の異民族の族長たちの一部を金銀財宝でたらしこみ、その一部を冷遇して分裂させ、弱体化させてきた。
自分たちの価値観、道徳観を押し付けてきた。古来からずっとだ。

漢の武帝の時に、楼蘭(ろうらん)の王子が和平のしるしに人質として長安の質館にいた。
この楼蘭王子はたびたび質館をぬけだし、漢の法律を犯したという。どのような罪を犯したのかは不明だ。そこで漢朝はこの王子を去勢してしまい、楼蘭の使者が来ても理由をつけて面会させなかったという。
中国政府には漢朝のような傲りが無いだろうか?

異文化は異文化として認める包容力があれば、ウイグル族も暴動をおこすまい。
あまりにも貧しいウイグル族の暮らし、リンゴも桃も本当に小さかった。
農業の指導とか、なんとかならないものだろうか?
ウイグルの若者たちはいま、求愛の歌を歌えるのだろうか?