丁夫人の嘆き(曹操の後庭) 十四
丁夫人の嘆き 十四
次の日も事態に変化は見られなかった。
何進の参内に中官たちは驚いた。
「おい、大将軍は不治の病ではなかったのか?」
「あれが病みあがりの顔か、臭うぞ。何かある」
「まさか、竇氏(とうし)のようなことをしでかすつもりじゃないだろうな」
「いや、念には念をというぞ」
なんと、われらを殺せというのか。すぐさま張讓や段珪に知らせた。すぐさま張讓たちはおのれの徒党数十人を集め、武器を持たせて人目につかぬ側門から引き入れると、宮殿の門の下に隠れているように命じた。
長楽宮を出た何進が思案顔で歩いていると中官が「詔ですぞ」と追ってきた。
「太后のお召しである。すぐに入宮されよ」
時が時だけに、さては、気が変わられたのかと中官の後をついていく。嘉徳殿に入ると張讓らに取り囲まれた。
「ふん、まんまとわが術中に落ちよったな」
張讓がずいと進み出て何進を睨みつける。
「何進よ、天下が大いに乱れたのは、すべてわれらの罪か? そうでもあるまい。先帝が太后の所業にご不興を覚えられ、成敗なさろうとしたとき、われらがおのおの私財千万を持ち寄り、先帝に礼を尽くして御心を喜ばせたお蔭で今日があるのではないか? われらはおまえの一門に将来を託したのに、今になって滅ぼそうとする。恩義を忘れるのもはなはだしいわい」
張讓は恐ろしい剣幕でなじると目配せした。すると尚方監の渠穆が剣を抜き襲いかかる。何進は逃げたが嘉徳殿の前で穆に斬り殺されてしまった。
一方、袁術は禁門を壊して入ったが、中官たちは宮殿の戸を閉じて楼上から応戦したのでなかなか進めない。そうこするうちに日没を迎え、広大な宮殿は潮のように満ちてくる闇に沈み始めた。闇は予想外だった。たかだか数十人にその何十倍もの兵士が手をこまねいている。
くそっ。中官めが、てこずらせやがる。
袁術はいまいましさのあまりなんども舌うちした。ここで奴らを逃してしまえば、天下の袁公路の面目が立たぬと、焦っていた。
え、えいっ。火攻めだ。火を放て。鼠のように燻してやろうじゃないか。手始めに南宮の青瑣門(せいさもん)に火を放った。火は宮殿に燃えうつった。
続く
眠いのでまた明日、更新します。