丁夫人の嘆き(曹操の後庭) 五十

        丁夫人の嘆き(曹操の後庭) 五十
 
 部屋の入口で趙単が一礼した。
「おお、子雅か、入れ」
 子雅は、胡三明が太学に入れてくれと連れてきた少年である。
三明の実の弟だと思っていたが義兄弟だ。子雅もまた黄巾の残党らしい。あの戦場で、屍のあいだを泣きながら彷徨っていた子供を、三明たちの養母が拾った。子雅は自分の名を忘れていたが、「この子、絹の肌着をつけてるよ。……まさか、あの一族の」と、養母は拾ったあとで顔色を変えた。「おまえ、なんて呼ばれていたのだい?」と問えば「郎君」と答えた。郎君とは若様くらいの意味だから、身元などさっぱりわからない。「なにもかも忘れちまいな。思い出したところで好い目に遭わないさ。親はなくても技さえ身につけりゃ、食うに困るもんかね」と言いくるめられ、養母に連れられて幻術や軽業を生業とする百戯(ひゃくぎ)の者たちと諸国を旅して育った。
 子雅は孟徳に仕えることになった。孟徳は子雅に姓名を与えた。趙国生まれの養母にちなんで姓は趙、孤児(みなしご)ゆえに名は単、身のこなしが雅ていたから字を子雅とした。三明の強さにあこがれていて、暇さえあれば武闘の鍛錬に励んでいた。そのうちに孟徳の警護役にでもなるつもりらしい。
「あのような者をお側近くにおいて。仇をなすことがあるやもしれませぬ」
 黄巾くずれを身近におくことをわたしは案じた。
「博労や三明が掌中の珠と慈しんだ子雅をわしに託したのじゃ。信頼しないでなんとする。新婦の意見は無用ぞ」
 舌打ちすると孟徳はそっぽを向いた。
 出過ぎた真似をしてしまった。わたしが孟徳の母の一族の出でなかったら、とうの昔に離縁されていたかもしれない。
 毒を盛られるのを恐れて、「毒に中らぬ体をつくらねばならぬ」と、毒を舐めては少しづつ毒の量を増やし続けたときも、わたしは反対した。目に見えて痩せていく孟徳に鏡を見せたが、鏡を投げつけて怒るばかりで耳を貸そうとはしなかった。
 
 「ご一族の曹文烈殿が目通りを願っております」
 子雅が刺(めいし)をうやうやしく差し出した。
「沛国(はいこく)譙(しょう)の曹休、字(あざな)は文烈、わが一族じゃよ、通せ」
 子雅の顔が花が咲いたように輝いた。
 まもなく子雅の案内で見苦しい破れ衣をまとうた少年と女と若者が進み出た。
 「堅苦しい挨拶は抜きにせぃ。わしらは一族、家族のようなものだ。そちが文烈か?」
 丁寧にお辞儀をする若者に孟徳が声をかけた。
 若者は顔を赤らめた。
 「恐れながら私は文烈殿の客でございます」
「……」
「諸父(おじ)さん、覚えておいででございますか? 祖父が呉郡太守をつとめた曹の家を。泣いているのはわたしの母でございます」
「おお、川のそばに別宅を構えていた曹太守の家だ。舟を出して釣りを楽しんだ」
 夕焼けに染まった波のきらめきを思い出したのだろうか、懐かしそうに孟徳が笑った。
「おお、あの家の。父上はどうしておる。つつがないか?」
 洪が身を乗り出した。
「父は……」
 休は言葉をつまらせ、ぽろぽろと大粒の涙をこぼす。その母も嗚咽した。
「なにかあったのか」
 孟徳が眉をひそめて休ににじり寄った。
「父は昨年に病でみまかりました」
「なんと。惜しい男じゃった」
 思わず孟徳は休の背中をさする。
「どこで亡くなられたのじゃな」
 洪が休の肩に手をおいた。
「譙の館でございます」
「館でか。曹の一族は難を避けて各地に散らばっていったぞ。僕(しもべ)どもも、主家の財を掠めて逃げ失せたはずじゃぞ」
 洪はため息をつく。
「弔いはどうしたのか? 巫女を呼んでやろうぞ。魂呼(たまよ)ばいして祀ればよい」
 孟徳の言葉にわたしたちは頷く。
 
 続く。明日更新予定